コラム「組織の成長加速法」-第253回 97%の「役割完遂」を支え、組織の成長を加速させる技術
ドラッカーを「知識」から「成果」へ転換する
弊社がご支援している企業には、外部コンサルティングの導入が初めてというケースもあれば、ドラッカーや、カーネギーといった高名な先達の知見を学ばれている勉強熱心な企業も多くあります。
先日、幹部の方々全員がドラッカーを深く学ばれているある企業で、この半年間の成果を取締役の方と共に振り返る機会がありました。そこで改めて浮き彫りになったのは、「理論としての知識」と「現場での実践」の間にある、あまりにも深く、険しい溝でした。
ドラッカーは「リーダーシップとは地位や特権ではなく、責任である」と説きました。リーダーの最大の責任は、権力を振るうことではなく、「なされるべきことは何か」を問い、その完遂に全責任を負うことです。しかし、現実はどうでしょうか。
言葉ではドラッカーを語りながらも、いざ予期せぬトラブルや組織の摩擦が起きたとき、多くのリーダーは無意識のうちに「責任の所在」を自分以外の何かに求めてしまいます。今回は、現場で実際に起きた事例を紐解きながら、リーダーが果たすべき真の責任と、組織の9割以上のメンバーを確実に成果へと導く「後押し」の技術について詳述します。
現場で露呈する「責任」の真価
「それは私の責任ではない」という言葉の重み
振り返りの場で共有されたのは、ある工場責任者のエピソードでした。その工場では、本社主導で行われた人事異動を発端に、現場の不満が爆発し、深刻な退職騒ぎに発展していました。
その際、工場のトップである責任者はこう口にしたそうです。 「この異動は本社の意向で決まったことです。ですから、それによって起きた退職騒ぎは、私の責任ではないのではないですか」
彼には彼なりの正義があったはずです。「現場の意見を聞かずに強行した本社が悪い」という理屈は、一見筋が通っているようにも聞こえます。しかし、ドラッカーが定義するリーダーシップの観点から見れば、これは「職務の放棄」に他なりません。
リーダーシップは「状況」ではなく「姿勢」に宿る
ドラッカー流の「なされるべきことは何か」という問いに従えば、たとえ混乱の原因が外部(本社)にあったとしても、工場責任者がなすべきことは「工場の安定稼働を守り、部下の不安を解消し、成果を出し続けること」です。
原因がどこにあるかを追及するのは学者の仕事であり、起きた事象を引き受け、解決に導くのがリーダーの「責任」です。この「自責」のパラダイムに立てるかどうかが、組織を停滞させるか、成長を加速させるかの分岐点となります。
組織の構造的限界――「3%の自走者」という幻想
多くの経営者や役員は、「役割を明確に伝えれば、部下は動くはずだ」と考えがちです。しかし、ここには大きな認識のズレがあります。
「3%」と「90%」の圧倒的な隔たり
役割を定義し、方針を示しただけで、自ら障害を乗り越えて完遂まで辿り着ける人間は、統計的に全体の3〜5%に過ぎません。彼らは高いメタ認知能力を持ち、リーダーが何も言わなくとも「なされるべきこと」を自ら設定できます。
しかし、組織を支えているボリュームゾーンは、残りの90%以上のメンバーです。彼らは意欲が低いわけではありませんが、役割を「解釈」し、「実行」し、「継続」する過程で、必ずと言っていいほど壁にぶつかります。
「定義」だけでは不十分な理由
前述の工場責任者の例のように、役割を与えられていても、予期せぬ障害が起きた瞬間に「これは自分の範囲外だ」と線を引いてしまうのが人間です。
-
思考の停止: 「本社の命令だから」と、自分の頭で考えることを止めてしまう。
-
心理的安全性: 失敗の責任を取らされることを恐れ、防衛的になる。
-
具体性の欠如: 役割は分かったが、混乱の中で「今日、具体的に何をすべきか」の優先順位がつけられない。
リーダーの真の仕事は、この90%以上のメンバーを放置することではなく、彼らが役割を完遂できるように「後押し」する仕組みを持つことなのです。
組織をして成果を上げさせる「5つの加速ステップ」
今回実践したことを具体的に振り返りました。リーダーがその職域において、メンバーの成果(役割の完遂)を引き上げるためのプロセスを5つのステップです。
ステップ1:期待値の完全同期
役割の定義を「通達」で終わらせず、「対話」によって同期させます。 「本社の異動方針はこうだが、我々の工場のミッションは何か?」 「この状況下で、あなたが果たすべき貢献は何か?」 相手の言葉で語らせることで、外部要因を「自分事」へと変換させました。
ステップ2:障害の特定と排除
メンバーが「できない」と言うとき、そこには必ず具体的な障害があります。 「退職騒ぎで現場が回らない」のであれば、リーダーが自ら現場に入り、不満の声を聴く、あるいは一時的なリソースの再配分を行う、この半年間でも大なり小なり起こりました。そんな時、メンバーが「これなら役割を果たせる」と思えるまで、道を切り拓くのをサポートするのがリーダーの責任といわれます。これを取締役の下、工場責任者、技術責任者の方々に実践いただきました。
ステップ3:マイルストーンによる「確信」の醸成
混乱期ほど、遠くのゴールではなく「今日、明日」の小さな成果にフォーカスしてまります。 「まずは今週、欠員が出たラインをどう維持するかだけを考えよう」 小さな完遂の積み重ねが、メンバーの折れかけた心を立て直します。
ステップ4:事実に基づく真摯なフィードバック
「責任ではない」という発言に対しては、ドラッカーの説く「真摯さ」をもって向き合いました。 感情的に叱責するのではなく、「あなたの役割の定義に照らして、今の発言は成果にどう貢献するか?」と問い直しました。事実に基づいたフィードバックこそが、甘えを排し、プロとしての自覚を促します。今回の取り組みでも、何度もこの場面がありました。
ステップ5:強みの承認と「自責」への昇華
困難を乗り越えた際、そのプロセスで発揮されたメンバーの「強み」を具体的に称賛します。 「混乱の中で、あなたが現場のリーダーと対話を止めなかったから、この完遂があった」 成功体験を通じて「自分で状況を変えられた」という感覚(自己効力感)を持たせることが、他責から自責への完全な脱皮を促します。
実際に、この経験こそが、持続的な社員の成長の後押しの原動力になります。成功体験は何物とにも変えられない、組織改革のエンジンとなります。
リーダーに必要な唯一の資質――「真摯さ」の正体
ドラッカーはリーダーシップについて、学ぶことができる「仕事」であるとしながらも、一つだけ習得不可能な資質を挙げました。それが「真摯さ」です。
1.鏡としてのリーダー
今回のように、メンバーが「それは私の責任ではない」と口にするとき、その組織のリーダー自身が、どこかで「環境のせい」「他部署のせい」にしているケースは少なくありません。リーダーの背中は、組織の精神的な支柱です。リーダーが自らの非を認め、なされるべきことに集中する姿勢を見せることで、初めて90%のメンバーは動き出します。
2. 「人を活かす」という責任
組織をマネジメントするとは、人を支配することではありません。その人の強みを生産的なものにし、弱みを意味のないものにすることです。前述の工場責任者が他責に走ったとき、彼を切り捨てるのではなく、どうすれば彼が「責任の範囲」を広げられるかを問い続けること。これこそが、リーダーに求められる人間としての真摯さです。
結び:企業の成長を加速させる「責任の連鎖」
リーダーは、権力の象徴でも、特権階級でもありません。組織をして成果を出させるための、一つの「機能」です。
3%の優秀な自走者に頼る経営は、長続きしません。売上の壁(10億、30億、50億)を突破する過程で、組織には必ず歪みが生まれます。そのとき、リーダーが「なされるべきことは何か」という原点に立ち返り、90%以上のメンバーの背中を一つひとつ押し続けることができるか。
「役割を定義すること」と「役割を完遂させること」の間にある広大な空白を、リーダーの「責任」というエネルギーで埋めること。この「責任の連鎖」こそが、企業の成長を爆発的に加速させる原動力となるのです。
