代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第86回 人への投資はお金だけ、では、一番大切な○○を失うことになる

とある業界では、業界の風雲児として知られ、同業者から羨望の眼差しで見られる経営者であるF社長とお話する機会がありました。

F社長は自らも経営者としてして、会社を率いる一方で、20年以上も、経営者を支援されてきた方。経営者として、成功し続けるために必要な資質について質問をしたところ、こんな答えがかえってきました。

曰く、「経営とは、投資判断の連続であり、正しい投資判断ができなくなった時が経営者として退くべき時」

その言葉を聞きながら、ある経営者のことを思い出していました。


7-8年前に一度弊社にご相談に来られたS社長。ITバブルを経験されて一時は倒産という文字も頭に浮かんだこともあるということでした。しかし、その後も、ローラーコースターが続きます。

最初にお会いする数年前に非常に相性のよく、素晴らしい製品をもったパートナー企業との出会いがあったそうです。その後、業績が急回復します。こなしきれない受注に対処するために急速に組織を拡大しました。

経験したことのない組織の拡大スピード、売り上げの急拡大とともに、これまでとは違う課題が出てきたということで、組織運営の諸問題について、ご相談を受けたのです。いつも通り、課題の優先順位を整理し、どのように進めるべきかの選択しを一緒に検討しました。

その当時のS社長は、上場も強く意識されていました。資本政策に関する具体的なご質問もあったので、私が信頼する専門家を何人かご紹介しました。業績もその後も拡大し、上場への取り組みも具体的に進んだようで、その後、S社長からは進捗状況のご報告を2、3回ほどいただき、私もとても喜んでいました。

それから数年音沙汰がない状況が続いていましたが、あるとき、S社長の留守番電話に伝言が残っていました。

その後の状況も気になっていましたので、訪問して近況をお伺いしようと、ホームページを拝見すると、引っ越されていたようでした。新しいオフィスに伺おうとご連絡をしたところ、できれば外で会いたいとのことで、横浜のホテルのラウンジで再会することになったのです。

約束の時間の少し前にロビーについて、見渡していると、右手を高く上げて合図してくださいました。最初にお会いした時からすると、少々ふっくらされたのもあってか、以前よりずっと落ちついた雰囲気。

求められるまま握手を交わして、ご挨拶した後、席に座ると、注文もそこそこに、S社長が待ちきれない様子で話し始めました。

「いやぁ、あれからいろいろありまして。どこまでご存じでしょう?ご紹介いただいた○○先生にはとってもよくしていただきました。結局、別の件でお世話になることになったんですが、、、」

話し始めると、以前のS社長のままで、たたみかけるように話すあのスタイルで、この数年間
おこったことを共有してくださいました。

パートナー企業とタッグを組んで急成長したビジネスは、ある事情によって手放すことになり、もともとの事業形態に戻ったこと。勝手知ったる分野で着実に進めてはいるものの以前のような成長が見込めないこと。企業全体としての成長力を高めるために新規事業を始めつつあること。

ひとしきり話されたとこで、コーヒーが運ばれてきました。コーヒーを一口含むと、今度はちょっと体勢を変えて、紙を取り出しました。3つの事業部を円で描き組織図を書くと、現状の組織の問題を具体的に上げて説明が始まりました。

S社長曰く、以前とは違った問題が出てきている、とのことでしたが、聞いた限りでは、あまり変わってない印象でした。一言でいうと、「任せるべき幹部がいない」という話だったのです。

また後日明らかになったのですが、手放した事業は、その事業担当をしていた中核メンバーが
一斉に退職してしまったことが原因でした。結局、7-8年前にお会いしてから、組織改善に果てをつけてはいなかったのです。


業務を回す感覚と、人を育て組織を大きくする感覚は、似て非なるもの。それぞれに必要な技術は別物です。

業務を回すことだけは、次から次へと入れ替わる人に備えた採用広告費、紹介手数料をかければ、投じたお金に見合うだけの組織を維持し、時に拡大もできます。ただ、人が入れ替わり立ち替わりなので、社内にノウハウ、経験値が蓄積されない。

これは、どんなにマニュアルをそろえて、誰もだできる状態を作れたとしても、それは所詮現状維持。未来を作りだすような組織にはなり得ないのです。

「制度だ」「仕組みだ」といって、誰もができる組織を目指すというのは、一見正しいようで、非常に短期的な視点であろうと私は思います。

頭のいい人たちが仕組みや制度を考えて、その仕組みに乗っ取って、事業を運営する。このスタイルは、もはや成り立たない。変化のスピードに加速度がついている今の時代、中央の発信に頼った組織は、あまりに対応が遅くなりすぎます。

顧客に近い、現場に近い人たちが、自ら考え、自ら意見を持ち、自ら動き、周りと協業できるようにならないと、未来への展望を開くことなどできません。本人たちは、AIの台頭に打ち震えて暗澹たる気持ちで時の流れに身を任せることになりましょう。


数々の組織を見てきて、こうしたことはもう自明のことだと私は感じていますが、これはすべての経営者の共通見解には未だなっていません。

目の前の状況を維持するために、ツギハギだらけのところにまた布をあてがうように、人が辞めたらまた人をあてがうのですが、そのツギハギ人材をつなぎとめる糸はもろく、また、少々強く見えてもすぐに解れ、また人を継ぎ当てないといけない。

組織に魅力がなく、先の見通しを考えられるような環境ではなければ、人は辞め続けます。無理もありません。

組織のトップが意思を持ってこの状況を打破すると決めて、本来あるべき投資をしなければ、
この状況は改善できません。現場の社員が自ら考えることが当たり前になる組織は夢物語ではありません。ある一定の期間、訓練すれば、どの業界、どのような組織でも、変革が可能なのです。ただ、お金をばらまくだけでは作れない。時間の投資が必要です。

人への投資とは、ただ、採用広告費を増額し、人材紹介料の予算を上乗せすることではありません。考える社員、実行する社員を増やすための投資をしなくては意味がないのです。

ここへの投資を怠ると、組織にとって、そして、経営者にとってもっっとも重要な資産を永遠に失うことになります。

ビジネスはタイミングを逃したら終わりです。事業拡大のタイミング、新規分野への参入のタイミング、その時に、任せられる人がいなければ、その機会は永遠に失われるといっても過言ではありません。縮小する国内市場では、この流れはさらに顕著になっていくことでしょう。

脂の載っている経営者にとって、数年の代償は、途方もなく大きなものです。経営者本人以外には決して気づかれないことかもしれません。しかし、経営者自身はわかっています。そのことの大きさを。未来を自らハンマーでたたき割るがごとくの代償となって大きくのしかかってきます。


S社長が経験したように、どんなに受注が来ようとも、どんなに顧客から問い合わせがあろうとも、臨機応変に対応しうる社員がいなくては、機会損失が膨らむ一方です。

自ら考え、自ら提案し、自ら行動できる社員の育成する手法はもうすでに確立しています。幹部がその手法を身につければいいだけ。

将来のビジネス機会を得るために、幹部を訓練する時間へ投資してください。この時間への投資を惜しみ、先延ばしにすることは、両手の上にのった未来の選択肢が指と指の間からみるみるうちにこぼれ落ちてしまうのを目を背けながらも、放置しているようなものですから。

正しい投資判断ができていますか?