代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第89回 将来を託したい次世代リーダーは持っている、30代のうちに絶対に獲得させたい能力

「やっと掴めてきたんですよ」と営業スマイルをする社長の顔をみて、「いよいよなんだな」と私はそう感じました。M社長は普段は普通のおじさんの体ですが、元々は知る人ぞ知る伝説の営業マン。

普段お話している分には、営業マンの片鱗を感じることはほとんどないのですが、ここぞという時に出るのが、あの営業スマイル。あの営業スマイルが出るときは、身のこなしも、話し方も、いつもとまるで違います。それはほんの一瞬の出来事なのですが、空気がピリッと変わるのです。

M社長の率いるY社の業界は過当競争といわれて早数十年。過当競争、将来厳しいといわれる業界で、ダントツの成果を上げ続けているのが、Y社。同業他社の中ではいつのまにかすっかり有名企業。多くの企業がなんとかY社に追いつこう、そのビジネスモデルを真似しようと
続々としかけてくる中、この10年圧倒的優位な状況は変わりません。むしろ他を引き離しています。

強みの源泉の一つはM社長の存在です。次々とアイディアを繰り出し、既に他社の追随を許さないビジネスモデルが更に日々進化し続けているのです。

というわけでY社の本業は文句ない状態で右肩上がりなのですが、この先20年、30年先を考えるとこの状況は続かないというのがM社長の持論。M社長曰く、まったく違う会社になるべく、新規事業も次々と仕掛けてきました。苦節4年。半年ごとに、事業の仕掛け方、見せ方を大きく変えることを繰り返してようやくその努力が結実しようとしています。盤石な100年企業に向けた飛躍が始まるのです。


そのM社長にもまだ解決の糸口が見えない悩みがありました。それは、後継者の育成でした。
その結果、この数年、次世代リーダーの育成には熱心に取り組んでいます。その結果、M社長がめぼしいと思うリーダーが次々に私のコンサルティングにも送り込まれてきます。

M社長が考えているのは、次期社長ではありません。「次期社長の次の社長を誰にするのか?」を考えているのです。もちろん、実際に次ぎの社長が誰になるのかを、M社長自らが決定するわけではないとご本人もわかっています。

ですが、次期社長を選定する中で、選択肢が少ないという難問にぶち当たった時、要となる人材の早期育成を誓ったそうです。「社長自らが後継者育成を意識する頃に、後継者育成を始めるのでは遅いことがわかった」というのがM社長の弁。

文字通り、次世代リーダー候補の面々は粒ぞろいです。中でも、ダントツの成長株が1人います。それが若干33歳のSさんです。今では社内でも、存在感のあるSさんですが、入社当初は泣かず飛ばすでした。これは人事担当役員のTさんから聞いたのですが、「辞めてしまうリスクと高い社員のリスト上位3人の常連だった」というのですから、人というのはわかりません。

Sさんのことを心配したTさんは、一計を案じたのです。このままでは辞めてしまうかもしれないから、新しくできた支店で、転地療養をさせようと考えたそうです。まさか大化けするなんてこれっぽっちも思っていなかったそうです。あくまで転地療養のつもりだったのが、メキメキと頭角を現したそうです。


ところが、その成長株の33歳のSさん、部下を抱え始めてから、また見る見る元気がなくなっていったのです。社長はもっと早くから、幹部育成プログラムに放り込みたかったようですが、先輩達を差し置くわけにいかないと、人事から待ったがかかりました。Mさんより年次の早いリーダー達から始まり、ようやくSさんの番になりました。社長から最初に「Mを頼む」といわれたから2年が経っていました。

プログラムの始まる半年前に、Sさんの部下の入れ替えがありました。前年度のチーム成績があまりに振るわなかったからでした。入社当時に比べればぐっと前向きになったSさんは、部下の入れ替えについても、チャンスと受け止めました。心機一転、今度こそ社内NO1チームにしたいと意気込んだそうです。ところが、新しく配属された部下の1人は、入社4年目の筋金色の頑固者。思い描いていた通りにはまるでなっていなかったのです。そうして、プログラムの初日を迎えました。

最初にSさんと面談した日、「口では楽しみしている」というものの、表情はげんなりしていました。努力家のSさんですから、あの手この手と思いつく限りのことはしてきたのです。その真面目な試行錯誤を続けた結果、ちっとも変わる気配がない頑固者に対して、内心さじを投げていたのでした。

そんな状況でしたので、少々時間がかかるのかと思ったものでしたが、さすがは、M社長が目をかける次世代リーダーです。これほどまでに柔軟に対応できる受講者はそうそういないなと思うほど、指摘された点については一生懸命取り組んでくれました。

成果を出すリーダーの判断基準と自分の判断基準の違いを確認するというステップがあるのですが、そのステップが始まった時、Sさんの目の色が変わってきたのがはっきりとわかりました。
これは、誰がやっても同じ結果になるのですが、Sさんの場合も同じでした。Sさん自身の部下との関わりをアドバイス通りに変えていく中で、あれほど変わらなかった頑固な部下に変化の兆しが見えたのです。プログラム開始2ヶ月後に、部下の言動、行動の変化を実感したそうです。


3ヶ月目の面談の時、Sさんから成果報告がありました。

「木村先生、先月、彼は史上最高の結果を残してくれました。先生の言った通りでした。」
「つかんだ感じですね」
「はい」
「もう一点修正できると、もっと確実性が増しますよ。それは、、、」

彼は次の修正点にも早速取り組んでくれました。

その結果、数字には無頓着だったはずの、あの頑固者の部下が、「自ら数値目標を引き上げたい」と言い始めるまでに変化したのです。


目の前の1人の部下の成果を変える技術。この技術を要素分解するとすれば、一つは「相手の優先順位をすっかり変えてしまうこと」そしてもう一つは、「成果のための行動の改善を支援すること」の2つに分けることができます。

上司の要求を実行せず、成果を出せない人は、優先順位がいつのまにかズレてしまう人です。
文字にすると、当たり前過ぎるのですが、成果を出すためには、成果を出すための行動が必要です。

ところが、優先順位がズレる人は、知らず知らず、余計な行動を取っていたり、緊急対応という名目の元、全く関係のない業務に時間を使ってしまい、成果につながる行動がとれなくなります。

こうした部下の優先順位のズレを発見すると、Sさんもそうでしたが、上司の多くは、その部下を叱責します。部下への叱責はダメではありません。叱責する以外に方法を知らないことが問題です。叱責するだけでは、誰もが経験しているように、何の改善にもつながりません。

部下の優先順位はズレるのが当たり前。この前提で、マネジメントを行わなければ、ずっとイライラを爆発しつづけなければならなくなります。そして、上司がそのことに気がつかず部下の軌道修正をするための手段として、叱責することだけを続けてしまうとしたら、その上司が率いる組織で、誰1人幸せになることはありません。

組織の成果は出るどころか、業績は低迷します。それだけならまだしも、想定外の問題が次々と起こるような事態に発展していくのです。


さて、あなたの会社の若いリーダーはどうでしょうか?

目の前の部下の優先順位を変え、着実に成果を上げるよう支援する技術を持ち合わせていますか?