代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第240回 技術に優れた部長が、組織を育てられなかった理由 

 

■優秀な技術部長との出会い

売上80億規模の、電子部品を製造販売する企業でのことです。

社長からご紹介いただいたのは、技術部門を統括する部長。

「技術に関しては、業界内でも右に出る者はいない」

社長がそう語るだけあって、開発に対する熱量や姿勢には、ただならぬものを感じました。

ところが、同時に社長の表情には、何とも言えない陰がありました。

「実は、部長の下で育った技術者が、ことごとく辞めてしまうんです…」

ヘッドハントを使い、高い報酬で迎え入れた人材2名も、3年以内に立て続けに離職。

社長は続けます。

「技術力の優位性は保てています。ただ、外国勢の追い上げは厳しくて。

今後の成長には、開発力全体の底上げが不可欠なんです」

この話、実は“技術畑の優秀な管理職”が抱える典型的な課題の一つです。

優秀だからこそ、現場に人が残らない。組織が広がらない。

そして、経営者は、誰にも相談できない不安を抱えるのです。


■人が育たない技術部門の現実

結果的に技術者を「人」で見るのではなく、「成果を出すパーツ」と見てしまう。

そういったリーダーが技術部門には少なくありません。

特に優秀なプレイヤー出身の管理職ほど、他者の習熟スピードや考えの浅さに対して

“我慢できない”という悩みを抱えているものです。

技術は好きだが、人に興味がない。

開発には粘るが、人には冷たい。

それでは、チームは育ちません。

「優秀なあの人が、なぜ組織を壊してしまうのか」

多くの経営者が、そんな問いに直面しています。

一人の逸材の存在は企業にとって宝です。ですが、それが一人だとしたら、時間の経過と共に膨らむリスクともいえます。その人が組織から消えた時、ゼロになるからです。

一人の力では勝てない時代に、組織力で戦わなければいけない。

でも、組織の中核にいるリーダーが、“人を育てる技術”を持っていなければ、

会社全体の未来にブレーキがかかるのです。


■厳しさ=育成 ではない

K部長とお話しさせていただいた際、第一印象は「温和で誠実な方」。

社内で聞いていた“冷酷”なイメージとは真逆で、丁寧に受け答えをしてくださいました。

ある日、開発部門の将来像について伺った際、K部長のトーンが一変しました。

声に熱がこもり、こう語られたのです。

「開発なんて、失敗の連続ですよ。うまくいかないのが当たり前。

それなのに、(若手は)失敗するとすぐクヨクヨと萎縮してしまう。

これじゃ、何も進みませんよ。」

そして、力強く続けました。

「失敗が前提です。諦めないことが、前提です。それがないと話にならないんです。」

――ここに、ひとつの落とし穴があります。

「失敗してもいい。粘り続けろ。」というK部長の言葉は、間違っていません。

ただ、それが“伝わっていない”のです。

むしろ、若手には「ミスしたら見限られる」という恐怖と毎日戦っています。

ほとんどのリーダーは「失敗の責任は俺がとるから」という言葉の存在をしっていますが、実際にこれを話すリーダーは5%未満。

失敗することが何より怖い人には、失敗が出来る状態を創るしかありません。

育成とは、「諦めない姿勢」を教えることではなく、

「安心して失敗できる土壌」をつくること。

優秀な部長ほど、ここを取り違えてしまうのです。


■自分自身との対話が、リーダーを変える

私は静かに、こう尋ねました。

「K部長ご自身は、失敗が怖かった経験はありませんでしたか?」

沈黙のあと、K部長はゆっくりと腕を組み、過去を思い返すように語り始めました。

「……ありました。誰よりもビビってました。恥ずかしい話ですが、

失敗したくなくて、一歩遅れてた時期があったんです。自分が、苦しかった。」

そして、K部長の目に涙が浮かびました。

話題をかえ、その日を終えました。

2週間後の面談で、K部長はこうおっしゃいました。

「木村さん、先週は大切なことを思い出しました。

あの時の苦しみを、すっかり忘れていたんですね。

若手に厳しくしていたのは、自分の過去に蓋をしていたからかもしれません。」

この瞬間から、K部長のマネジメントが変わり始めたのです。


■対話技術が組織を変える

その後の面談では、こんな発言が何度も出るようになりました。

「最近、若手の○○君がこんな発言をしていました」

「この前、係長の○○が失敗に悩んでいて…」

K部長が“報告”ではなく“対話”を始めた瞬間でした。

組織の歯車が、ゆっくりと噛み合い始めたのです。

さらに、K部長自身がマネジメント技術を実践し始めると、

今度はこんな言葉を口にされました。

「私、まったく人の話を聞いていなかったんですね…。

どれだけ一方的に話していたか、やっと気づきました。

正直、皆に謝りたい気持ちです。」

――これが、「覚醒したリーダー」の姿です。


■係長が自ら動き出した

K部長からの働きかけで、将来有望とされていた係長2名にも、

マネジメント技術の実践が始まりました。

すると、数ヶ月のうちに周囲から「顔つきが変わった」と言われるようになりました。

実際に彼ら自身もこう語ってくれました。

「以前は、ミスをしないように、指示通り動くだけで精一杯でした。

毎日が緊張の連続。でも今は、自分で考えて、仮説を立てて、試して、

また考える。その過程が楽しくなってきたんです。」

技術者が、“実験を楽しむ”状態に入ったとき、

そこからイノベーションが生まれるのは、時間の問題です。


■社長の驚き:発言が、未来を示す

一番驚かれていたのは社長でした。

「2人とも、(技術会議での)発言内容が、まるで別人のようです」

社長ご自身も技術者ですので、

技術者の言葉に“鍛錬の度合い”がにじむことを、誰よりも理解されています。

そして、私が「K部長はいかがですか?」と尋ねると、

社長は笑顔でこう返されました。

「私の前では、相変わらず言いたい放題です。でも、それでいいんです。」

その後、このご支援は複数年にわたり継続されました。

4年目には、あの係長の1人が、新規開発プロジェクトのリーダーに就任。

あの日の涙から始まった変化が、着実に成果につながっていったのです。


■技術部門こそ、マネジメント技術を

営業部門と違い、技術部門では成果が見えにくく、

人材育成が後回しにされやすい傾向があります。

しかし、技術者も人。

対話があり、信頼があり、学びのプロセスがあるからこそ、力を発揮できるのです。

どれだけ理論を学んでも、現場では機能しません。

実際に人が動くマネジメント“技術”がなければ、

組織の実行力は決して上がりません。

御社の技術部門では、どうでしょうか?

マネジメント理論で止まっていませんか?

マネジメントで大切なことはわかっていても、使えなくてはないのも一緒です。

部下を鼓舞する行動が伴わない――

そんな“組織の病”が起きてはいませんか?

人を育てるには、仕組みでも精神論でもなく、

具体的な「やり方」が必要なのです。