代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第243回 成長の機会を与えなければ、社員の成長は必ず止まる

 

ある経営者の、こんな一言から始まりました。

「うちの社員、決して能力が低いわけじゃないです。やる気もある。でも……成長が止まっています。私が悪いのです。」

ある営業会社の社長との面談中、ふっと漏れた言葉でした。売上は横ばい。現場は忙しい。管理職もそれなりに頑張っている。それなのに、組織全体が“次の段階”に上がっていかない。この違和感、覚えがある経営者の方も多いのではないでしょうか。

私はこれまで、多くの経営者から「様々な試みをしているものの、社員の成長スピードが遅い」というご相談を受けてきました。そして、ほぼ例外なく行き着く結論があります。

それは、「社員に成長の機会が“与えられていない”のではなく、“成長の機会になっていない”」という事実です。


とある営業会社で起きていたこと

ある営業会社で、新しい支店長に就任した50代のT支店長。自分で数字を作ることには長けているものの、「部下を通じて成果を出す」という点で苦戦していました。

担当役員からの評価は厳しい。一方で、「将来を期待している逸材」でもある。そこで、私がご支援することになりました。

T支店長は、顧客心理を読み解く力に優れ、商談の成約率は非常に高い。過去には、その営業技術を部下に伝え、成果を出した経験もありました。

しかし、転職後のこの会社では、なかなか成功事例が生まれない。詳しく話を伺うと、その理由はすぐに明らかになりました。


「難しすぎる指導」が、成長を止めていた

T支店長の営業ノウハウは、ある程度経験があり、自分の課題を言語化できる社員には、ピタッとはまります。しかし、若く、経験値が浅い社員にとっては、内容が高度すぎたのです。

これは、足し算・引き算しかできない人に、いきなり二次方程式を教えているような状態でした。できないのではなく、まだ早すぎたのです。

そこで、若手社員2名をピックアップ。それぞれの「躓いているポイント」を明確にし、課題を分解し、改善のステップを一つずつ設計しました。本人たちにとって“動ける形”に整えたのです。

すると、マネジメント技術の実践を始めて3ヶ月目に1人が予算達成。4ヶ月目に、もう1人も予算達成。

この時、T支店長はとても嬉しそうでした。後日、その感覚をこう語ってくれました。

「私はアクセルを踏み込んでいたけど、シフトがニュートラルだったんですね。木村先生と一緒にギアを入れ直したら、ガッと前に進み始めた感覚です。」

マニュアル車好きのTさんらしい表現でした。


人は本来、成長したい生き物なのに、なぜ育たないのか

拙著でも述べていますが、人間は本来、成長欲求を持っています。会社も「社員に成長してほしい」と願い、社員自身も「もっとできるようになりたい」と思っています。

それにもかかわらず、現場で成長が止まるのはなぜか。

私はこの原因は、能力や意欲ではなく、「リーダーが“成長の機会”をきちんと設計できていないこと」にあると考えています。

良かれと思って与えている仕事や期待が、実は“成長のきっかけ”になっていない。ここに、大きな落とし穴があります。


「与えているつもり」と「受け取れているか」は別問題

多くのリーダーは、「成長の機会は与えている」と言います。

難しい仕事を任せている。

背中を見せている。

裁量も与えている。

しかし、現実には社員の成長が止まっている。成果が出ていない。

これは、リーダー側の自己認識と、社員側の受け取り方がズレている典型的な状態です。

成長とは、「与えたかどうか」ではなく、「社員がそれを使って動けたかどうか」。そこではじめて、機会が機能したと言えるのです。


成長の機会とは「行動できる未来」が見えていること

成長の機会とは、難しいことを丸投げすることではありません。本人が「これなら動けそう」とイメージできる状態をつくることです。

ところが、多くのリーダーは無意識にこう思ってしまいます。「ここまで言えば、わかるよね。」

ですが、もし本当にその本人がわかっているなら、とっくに行動しているはずです。実践できてない、やれていないのは、わかっていないからです。

「わかるよね」という前提を変えない限り、同じ指示と同じ停滞が、何度でも繰り返されます。


「そもそも」に戻ると、歯車は一気に回り出す

行動できていないのは、やる気がないからではありません。理解が追いついていないだけなのです。

この前提を「分かっていないかもしれない」に変える。それだけで、対処の仕方はまったく変わります。

T支店長の部下たちが短期間で成果を出したのは、たまたまではありません。最初の段階に戻って、成長の仕組みを作り直したからです。


周りくどい? いいえ、一番の近道です

足し算・引き算ができないまま、かけ算・割り算が入った複雑な計算問題を解かせようとしても、うまくいくはずがありません。

まず、足し算・引き算をしっかり確認すること。これが本当の意味での「成長の一歩」です。

この話をすると、「一年生からやり直すのですか?」と嫌な顔をされる方もいます。「そんな遠回りはしたくない」と。

お気持ちはよく分かります。ですが、これは遠回りではなく、最短の道です。

一つの躓きが解消されると、人は勝手にスルスルと前に進み出します。


自分の躓きは、自分では見えない

ソクラテスは言いました。「私が知っているのは、自分が何も知らないということだけだ」と。

人は、自分のことを一番よく知っているようで、実は一番見えていない。

多くの人は、自分がどこでつまずいているのかに気づけません。だからこそ、第三者の視点が必要なのです。

一緒に仕事をしているリーダーや上司の視点が、社員の成長を加速させる鍵になります。


成果を生むのは、発明ではなく積み重ね

仕事で成果を上げるために必要なのは、斬新なアイデアではありません。むしろ、「当たり前を、当たり前に積み重ねること」です。

営業の現場でも同じです。社員それぞれが、違う場所でつまずいています。他人から見れば小さな段差でも、本人にとっては越えられない壁。

「成長の機会を与える」とは、その段差を一緒に見つけて、超える手助けをすることなのです。


成長の機会とは「大きな挑戦」ではない

「成長の機会を与える」と聞くと、身構えてしまう経営者や幹部社員の方もいらっしゃいます。

でも、やるべきことはシンプルです。

目の前の社員が、どこで止まっているのか。

そこで何につまずいているのか。

それを言い当てること。

社員に成長の機会を与えるとは、まずそこからです。