コラム「組織の成長加速法」-第255回 リーマンショックを乗り越えた営業チーム再生の本質-マネジメント下手のリーダーがV字回復を実現した、たった2つの改善
時は、リーマンショックのまっただ中。
金融系の会社で、営業チームの幹部2名が次々と退職し、顧客対応がままならない状況に陥っていたM部長がいました。私が面談したとき、いつもは「社内で一番声が大きく、誰よりも前向き」だった彼は、別人のようでした。
うつろな目で、ソファーに腰を下ろしていた。
現場で起きていることの深刻さは、言葉よりも表情のほうが雄弁に物語ることがあります。あのときのM部長は、まさにそういう状態でした。表面上は気丈に振る舞えても、組織が崩れ始めた責任の重さに、心が押しつぶされかけていたのです。
「本当の課題は何でしょうか?」
その一言に、重い沈黙がありました。
「マネジメントの改善だと思います」
M部長がこう答えた瞬間、すべてが変わり始めました。
なぜなら、人は本当の問題を直視できたときにしか、変わり始めないからです。
逆に、問題を部下や環境のせいにしている限り、組織は一歩も前に進みません。M部長は苦しい状態の中で、ようやく自分が向き合うべき現実に手をかけたのです。
その後の2年間で何が起きたのか
それから2年。
– チームメンバー:3名 → 5名
– 売上:2.5倍
– チームメンバーが社長賞を2期連続受賞
リーマンショック時代、同業他社は急激に売上を落とし、倒産する企業さえありました。その中で、なぜこのチームはV字回復できたのか。
この再生に、派手な戦略はありませんでした。
実装されたのは、実にシンプルな改善だったのです。
なぜ優秀な営業マンほど、マネジメントで躓くのか
M部長は、もともと天才肌の営業マンでした。
T社長と旧知の仲だったM部長は、入社5年目に至るまでトップセールスマンでありながら、チームを率いた経験はほとんどありませんでした。
彼がチームを持つことになったのは、前任の部長が体調不良で長期離脱し、渋々引き継いだことがきっかけ。つまり、十分な準備や訓練を経て管理職になったのではなく、現場の事情に押し出される形で責任者になったのです。
実は、多くの会社で起きていることです。
「優秀だから昇進する」—— これは当然に聞こえます。しかし、優秀なプレイヤーと優秀なマネジャーは、似ているようで、まったく別物なのです。
M部長は、徒弟制度のような環境で育った方でした。
– 数字は必達が大前提
– やり方は教えてもらうものではなく、自分で盗んで覚えるもの
– そういう価値観の中で結果を出してきた人
T社長からは、事前にこう聞いていました。
「今どきの奴は、調べもしないですぐに聞いてくる」
これはM部長の口癖だったのです。
ここに、後の問題の芽がありました。M部長の中では、そのやり方で自分は伸びてきたのです。だから悪気はない。むしろ、部下のためを思って厳しくしていた側面もあったでしょう。
しかし、本人に悪気がないことと、そのやり方に再現性があるかどうかは別問題です。
この違いを見誤ると、優秀な人ほど組織を壊してしまうのです。
「部下が辞めるのは相手の問題」という誤解
厳しくやっていたにもかかわらず、なぜ部下は辞めたのか。
中旬を過ぎると、毎日のように夜7時から部会議が始まり、案件確認が続いていました。M部長がチームを持つようになって半年。課長と係長から、一か月ずれで次々と退職届が出てきたのです。
T社長も引き留めに入りました。ところが二人の答えは、ほとんど同じだったそうです。
「M部長の下では働けない」
「M部長のやり方を容認してきた会社にも信頼を失った」
ここで、非常に重要な指摘があります。
部下が辞める理由を「能力不足」や「根性不足」だけで片づけてしまう会社は少なくありません。しかし、連続して人が辞めるとき、その背景にはかなりの確率でマネジメントの問題があります。
厄介なのは、「数字に厳しいこと自体が悪い」わけではないという点です。
厳しさと育成が両立していれば、人は辞めません。
問題は、厳しさだけがあり、前に進める支援がないこと。穴の空いたバケツに水を入れ続けるようなものなのです。
若手社員の本音から見えてきたもの
M部長は、二人の部下の退職後に営業現場へ完全復帰しました。
しかし平日は自分の業務に追われ、部下に関わる時間がほとんど取れないまま、一か月が過ぎました。そこで土曜日の面談が始まったのです。
M部長は若い社員に仕事を割り振るものの、部下が作成した資料の質の低さに辟易としていました。期待した内容とはほど遠く、ミスだらけの資料を前に、修正に膨大な時間を取られていたのです。
M部長なりに指示の仕方を工夫し続けていましたが、大きな改善は見られないまま、二か月目が過ぎようとしていました。
そこで、私が社員3名と面談して状況確認をすることになりました。
3名からは、異口同音に次のような言葉が返ってきました。
「(部長から)何を指示されているのか今ひとつわからない」
「M部長は不在のことが多い上、席にいるときは忙しそうで話しかけづらい」
「この先、この会社にいてよいのか不安」
この言葉を聞いて、取り組むべきことが明確になりました。
問題は若手の能力不足だけではなかったのです。
– 指示が曖昧で
– 確認の場がなく
– 安心して相談できる関係も薄い
これでは、人は前に進めません。
人材育成というと、高度な研修や制度をイメージされる方も多いのですが、その前に必要なのは、日々の指示が具体的であること、進捗を確認すること、そして話しかけられる空気を上司がつくることなのです。
M部長が取り組んだ、たった2つのこと
ここからが、すべての転機でした。
私はM部長と共に、改善は「気合いではなく具体化から始まる」という原則のもと、取り組みを開始しました。
M部長が実装したのは、実はたった2つです。
1. 半年後の明確なゴールを設定する
現場が追い込まれている時ほど、人は精神論に流れがちです。
しかし、人は曖昧なままでは動けません。
M部長は、チーム全体の売上目標を具体的に設定し、各メンバーの役割を明確にしました。
2. 具体的な取り組みを2週間に1度確認し、改善を続ける
ゴールだけあってもダメです。また、確認だけしてもダメです。
ゴールがあるから方向が定まり、定期確認があるから行動が止まらない。
この両輪がそろって、はじめて人は一歩踏み出し、組織は成果に変わっていきます。
M部長は、2週間に1度、それぞれの部下と確認の場を作り実施しました。
数字が語る、その後の変化
開始して3か月後、M部長が対応する顧客は半減しました。
さらに3か月後には、M部長の担当顧客は10件だけとなり、当初の売上を維持し続けることに成功していました。
そこから中途社員の入社が始まり、M部長はその2名とも同様の取り組みを開始。
すると、その半年後には、チーム月商が過去最高を記録したのです。
危機に強い組織をつくるのは、特別な人材ではない
こうしてM部長は、リーマンショックという激変する環境の中でも、短期間で圧倒的にチームのパフォーマンスを改善することができました。
リーマンショック時は、建設・不動産業界も大打撃を受けました。それでも、実需向け事業を主軸にしていた支援先企業では、一時的に売上が前年比3%割れとなったものの、その2年後には大きく飛躍しました。
その後も、東日本大震災、コロナショックという大きな経済の波を、私は多くの現場で見てきました。
どんな危機にあっても、強い組織は、その危機を跳ね返すことができます。
危機の時も、平時の時も、戦略を実行して成果を生み出す構造自体は同じです。ただし危機の時は、環境の変化に合わせて戦略そのものが変わりやすい。だからこそ、即応力が求められます。
そして私は、その即応力の正体もまた、マネジメント技術だと確信しています。
– 上から方針が変わったときに、現場がすぐ理解し
– 行動に移し、軌道修正できるかどうか
ここが弱い組織は、危機のたびに止まります。
逆に、対話が機能し、目標が具体化され、確認の習慣がある組織は、外部環境が揺れても踏ん張れます。
つまり、危機に強い組織とは、英雄がいる組織ではなく、実行が回る組織なのです。
最後に、経営者に問いかけたいこと
組織が崩れ始めたとき、原因を「部下の問題」で終わらせてしまえば、再生は起きません。
本当に向き合うべきは、上司のマネジメントが機能しているかどうかです。
M部長は、もともとマネジメントが得意な人ではありませんでした。むしろ、プレイヤーとしての成功体験が強かったからこそ、最初は大きくつまずきました。
しかし、自分の誤解に気づき、半年後のゴールを明確にし、2週間ごとの確認と改善を積み重ねたことで、チームは見違えるように変わりました。
これが組織再生の本質です。
危機を跳ね返す会社と、危機に飲み込まれる会社の違いは、才能の差ではありません。マネジメントが機能しているかどうか。ここに尽きます。
混沌とする今だからこそ、実行力を備えた組織が求められています。
御社の組織の即応力は、十分にありますか。
御社の管理職は、部下を前に進めるマネジメントができていますか。
ぜひ一度、点検してみてください。