代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第95回 なぜ遠慮し続けるのですか?

私が長期間に渡ってご支援している会社の中に、ある業界で群を抜いて成果を残している関西にある企業があります。R社です。

毎年、史上最高益を更新しつつも、就業時間はドンドン短縮するという、厚労省のお役人が知ったら大喜びするような企業でもあります。

そんな素晴らしい企業にあって、マネージャーを悩まらせる困った社員が何名かいるのです。リーマンショックの影響すらはね除けた会社なのですが、設立以来最大の危機に見舞われたことがありました。

どこの会社にも困った社員はいます。もちろん、R社にだってです。そうした困った社員の中の一人、事務員のMさんは、その会社の中ではベテラン事務員です。第二新卒で入社した時は若干26歳。初々しいながらも、ちょっと変わり種。

経験が浅くても自分で工夫し、仕事は出来るのですが、仕事を受けるときにつっけんどん。そして、自分が忙しくなるとあからさまに嫌な顔をするというのが当時のMさんでした。

そのMさんが入社したのは、新卒採用が始まる5年ほど前のこと。当時の様子をK取締役に聞いたことがあるのですが、今日のR社とは似ても似つかない状態だったそうです。


今のR社は、退職者といえば、寿退社ぐらい。この4年間退職者はいません。R社はコテコテの営業会社です。その業界では、3年で80%退職するというのが当たり前。この数字と比較すると、R社が如何に希有な会社かおわかりいただけると思います。

そのR社も、今から13-14年前は、R社の退職率は業界より良かったものの、3年で40%程度だったそうです。業界よりも低かった理由は単純で、経験者採用だったからでした。

3年で80%が退職する業界で、どこかの会社で生き残った人が、再チャレンジ先として少しだけ前の会社よりも自由にやれそう、、、という理由で選んだ会社がR社だったのです。

K取締役曰く、当日のR社の社風を一言で言うと、「仕事で成果を上げればそれでよし。」でした。社員といいながら、みんなが一匹狼みたいに、それぞれが、それぞれのやり方で仕事をしていたそうです。

これも、業界では、普通のことでした。このように、業界の通説通りの会社だったR社が大きく変わる転機は、社長が会社の有りようを考えた末、「新卒採用の社員を中心とした会社に変えていく」と決めた時でした。

その後、会社は激変しました。「部下に成長の機会を与えるのがマネジメント」という概念を導入し、まるで違う会社に生まれ変わったのです。


話を戻しまして、Mさんのことです。R社が新卒採用が始まる頃、Mさんは、30歳を超えていました。入社5年目で、会社の業務に精通するようになっていました。Mさんは、頭の回転も速かったため、会社の拡大に合わせて必要となったシステム管理者を担うようになっていました。相変わらず無愛想ながらも、着実に業務をこなしてきたのです。

役員達は、「相変わらず愛想がねーなぁ。」「仕事頼みづらいなぁ」などと陰では文句を言うのですが、本人に直接伝えることは、Mさんの入社以来ほとんど無いに等しいというのが実情でした。

Kさん曰く、それでも、入社当時は、役員達がちょくちょく注意していたそうですが、忙しさにかまけて、わざわざ呼んで注意するわけではなく、ほとんどは見過ごされていたとのこと。

着実に将来の大問題の芽が着実に大きくなっていたことに当時は誰も気がついていなかったのです。


それから時が経ち、新卒入社組が会社に利益貢献をし、自分の後輩を指導する立場となる頃、
会社の業績は一気に拡大を始めていました。会社の規模も新卒採用を始めた頃の3倍となり、業界でも注目を集める会社になっていました。

ところが、対外的には華々しい状況ではありながら、社内には重苦しい空気が立ちこめるようになっていました。

その理由のひとつはMさんにありました。

組織の拡大に合わせ、システムの重要性は高まり、Mさんの役割は日を追う事に重要さを増していました。しかし、システムとは名ばかりで、手作りに毛が生えたようなもので、急速に増えるデータ量に対応が困難になりつつありました。

Mさん以外にシステムのことがわかる人は誰もいませんでした。すべてはMさんの手に委ねられていました。

例えば、
・新規テレアポのための見込み顧客のデータ
・既存客の掘り起こしのための顧客データ
・営業プロセス毎の各種抽出データ
・毎月の営業会議用の実績データ

とう日常使われるデータも、すべてMさんが作業して作成していました。Mさんが、独学で覚えて作ったプログラムを駆使して、データベースから都度抽出して、必要な資料がオンデマンドで提供していたのです。

Mさんがにこやかに対応してくれていたら、何の問題もありませんでした。ところが、Mさんの対応は、年下の社員にしてみると「横暴」の一言で、頼みごとするのを誰もが躊躇する始末。

急いでお願いしたいことがあっても、別の方法を選択する者もいました。効率が悪いのがわかっていても、書類をひっくり返して、履歴を確認してみたり、古いリストを使い続けたりしたのです。

Mさんの上司に当たる経営企画部門の部長でさえも、社歴がMさんより浅いこともあってか、Mさんには腫れ物を触るような対応。Mさんの機嫌を損ねて休まれるようなことがあっては、業務が滞ることを心配してのことでした。

Mさんも、そういう自分の立場を利用し始めている節もありました。ちょっと気に入らないことがあると、プイとそっぽを向き、あからさまに無視をする。言い合いになった人の依頼は、例え上席であっても、ドンドン後回しにする、そんなことが当たり前に起こるようになっていました。


新卒採用を始める頃から、システムの刷新の話は出ていましたが、Mさんが自分の業務が増えるということで渋っていました。Mさんがまだ30才前後のころは、Mさんの事を古くから知っている役員の言うことは素直に聞いてくれていました。そこで役員達は、Mさんに後輩をつけて業務量を分散してからでも遅くないだろうという判断をしたのです。

しかしその後、Mさんには後輩が何人かつけられたのですが、半年しないうちに様々な理由で辞めていきました。Mさんの態度の悪さに関して、社内のあちらこちらから不平不満が出ていることがある日社長の耳に入ることとなりました。

営業出身の社長は本末転倒であると、大激怒し、混乱を承知で、Mさんをシステムから外して
部署異動をさせろと大剣幕だったそうです。しかし、それがMさんに伝わることはありませんでした。

周りが社長を説き伏せ、なんとか穏便に取り計ろうとしたのです。K取締役も含めて役員達の策としては、もしMさんが自分で採用したなら、否が応でも面倒を見るだろう、そうすれば、いよいよシステム刷新の環境が整うに違いない、というもの。そうして採用したのが現在システム部にいるTさんです。

ようやくシステム刷新の準備段階に行き着いたと役員は胸をなで下ろしたのでしたが、4年たった今でも、TさんはMさんの小間使いのよう。Tさんは、Mさんと180度違う性格で、物腰も柔らかく、誰にでも愛想がいいのですが、Mさんは、頑として社員が直接仕事をTさんに依頼することを拒絶していました。

Mさんの目を盗んで、直接Tさんに依頼がくることに腹を立てたMさんは、役員達に直訴します。その結果依頼はすべてMさんを通すことがMさんのごり押しで、社内決定されてしまいました。

もちろん、幹部社員も含め社内の大半は猛反対でしたが、役員の説得で渋々飲むことになったのです。


やがてMさんも柔軟になるだろうという甘い見通しでその要望も採用されたわけですが、状況は悪化するばかりでした。

増えるデータ量を考えると、10ヶ月後には、システムがパンクしかねないというという分析がなされる中、社長が動きました。Mさんには相談しないまま、システムコンサルタントと契約をし、常駐しながら、システム開発をすることが決定したのです。

偶然、その決定の翌日から、Mさんが家の事情で1ヶ月の長期休暇を取ることになりました。残されたTさんはおろおろするばかりでしたが、Mさんの電話サポートがのお陰で、わずか2週間で、通常通り作業が行われることになりました。Mさんは性根が腐っているわけではなかったのです。

Mさんが職場復帰するに辺り、社長が膝詰めで、Mさんと話し、一時的に社長専属となり、システム部の責任者はTさんになりました。こうして、R社のシステムがパンクする事態は回避されたのです。


その後、Mさんは、どうなったかとうと、部署を転々としています。その理由は、Mさんの上司になった社員が根を上げてしまうからでした。Mさんが文句を言わずに言うことを聞くのは、社長とK取締役だけという状態です。

Mさんは、もう35才。待遇のよいこの会社をMさんが退職するということは考え難い。このまま、しばらくは今のままが続くことでしょう。社長もK取締役も、Mさんがこのような問題を引き起こすことなった責任の一端は、自分たちにあると反省の弁を述べられるのですが、未だに周りに言わせれば、Mさんはやりたい放題なのです。

規模の大きくない会社では事務といっても、その業務範囲は広く、組織に対する影響力は小さくありません。もしMさんが若いうちに、「駄目なものはダメ」としっかりと注意をしていたら変わっていた可能性はあります。

「気を悪くするから」「機嫌を損ねると後が大変だ」「周りの雰囲気が悪くなる」そんな理由で注意を怠る。すると、10年後、貫禄を兼ね備え、本人の周りは誰も何も言えないような前年な社員ができあがる。

事務ならまだいいのかもしれません。多くの会社では、利益を生み出す部門でも同じようなことが起こっています。その社員が若い時に注意を怠った結果、10年後、高給取りの残念な社員になってしまうケースです。部門収益に貢献しないどころか、足を引っ張る存在になるのです。

しかし、実際に厳しく注意ができる上司というのは少数派です。Mさんのケースと同じく、多くの上司は相手に対して遠慮が優先してしまって、注意を怠り、時が過ぎてしまうことが少なくないのです。

だからこそ、このようなケースは仕組みで対応する必要があるのです。上司の気合い、精神論では対処できません。

仕組みでは、明確に改善するべき点を相手と共有し、その改善を上司が支援することになります。この仕組みがあれば、「遠慮」「配慮」「気配り」をもった上司も、気合い、精神論なしで、誰もが部下の課題の解消支援できるようになります。

実際、R社の場合は、主力の営業部門ではこのシステムが導入されているが故に、冒頭でいったような、時短をしても最高益を更新し続ける強くしなやかな組織を支える社員達が量産されているのです。


さて、御社にもMさんはいないでしょうか?

Mさんのような残念な社員の増加を未然に防ぐ対策はなされていますでしょうか?