コラム「組織の成長加速法」-第247回 トップ営業が会社を潰す? 数字の裏で起きている“破壊的な善意”の正体
数字を出しているのに、組織が沈んでいく──なぜか?
一昨年のセミナーの終了後、ある社長から質問をいただきました。「先生、うちは地域でも名の知れたディーラーで、全国ランキングに載るトップセールスマンもいます。それなのに、組織の業績が上向かないんです。むしろ、毎月少しずつ赤字が積み上がっていて……」
ある東北地方の自動車販売会社を経営する3代目社長から、そんなご相談を受けました。
販売台数では目を見張る実績。名前が知られ、数字も立っている。にもかかわらず、経営が苦しい。
「なぜなのか」。この問いに、私は一瞬の間を置きながら、耳を傾けました。
経験上、こうした“表と裏の矛盾”には、ある共通する構造が隠れているとわかっていたからです。
数字の裏側にある「破壊的な善意」
件のトップセールスは、たしかに誰よりも多くの車を売っていました。
ただし、彼の売り方は極めて独特で、しかも会社にとっては致命的なものでした。
──大幅な値引き。
彼は競合他社より数十万円も安い価格を提示し、とにかく契約数を稼ぐことに全力を注いでいたのです。薄利多売。
驚くべきは、彼の中に「悪意」がまったく存在しないことでした。むしろ、強烈な“使命感”すら帯びていました。
「売ることが正義。お客様が安く買えて喜ぶなら、それが本当の価値提供だと思っています」
彼はそう語ります。
誠実で、熱意もあり、顧客思い──まさに理想的な営業マンに見えたかもしれません。
けれども、その「善意」による値引きが日常化し、顧客の期待値を“その価格”に固定させてしまったとき、
組織全体が回収不能な構造的赤字に陥っていくのは、時間の問題でした。
適正価格に戻そうとすれば、顧客からのクレームが止まりません。
「なんで今回は、あの値段にしてくれないんだ」
「前はやってくれたじゃないか」
つまり、個人の“勝手な正義”が、会社の未来を食い潰していたのです。
多くの組織が直面する「価値観のねじれ」
この事例は、一見すると特異なケースに映るかもしれません。
けれども、構造的には多くの企業が同様の問題を抱えています。
たとえば、ある企業の若手マネジャーからはこんな言葉を聞きました。
「部下の報告が遅れたんですが、“彼なりに考えて動いた”とのことだったので、あまり強くは言えませんでした」
このような対応、一見すると“寛容で柔軟な上司像”にも映るかもしれません。
しかし、ここにあるのは、先のトップセールスと同様、個人の価値観が組織の基準を上書きしている状態です。
本来、組織というものは、共通の行動指針や基準を土台として成り立ちます。
その基準に照らしてメンバー全員が動くことで、再現性のある成果が生まれ、信頼され、顧客にも一貫した価値を提供できる。
しかし今、個人の“思いや考え”に必要以上に配慮し、「まあ彼のやり方もあるから」として曖昧にしてしまう──
その小さな判断の積み重ねが、組織全体の秩序や機能を少しずつ壊していくのです。
リーダーに求められる「法人格優先」の視点
ここで私が強調したいのは、リーダーには**「法人格を基準とする視座」**が必要だということです。
社員それぞれが「私はこう思います」と個別に行動し、それが無条件に尊重されてしまう組織は、やがて“個の集合体”にはなれたとしても、“一つの組織”にはなれません。
会社は「法人」という人格を持つ存在です。
それは、一定のルールや価値観、行動様式を持ち、それを中心にすべてのメンバーが機能することで初めて、ひとつの“生命体”として活動できる。
心臓が自分勝手なリズムで動けば、身体は死にます。
肺や腎臓も、それぞれに勝手な主張を始めたら、全体は崩壊します。
組織とは、例外なく“統合”があって初めて成果を出せる仕組みなのです。
「優しさ」という名の責任放棄
「部下を尊重する」
「その人の考えに耳を傾ける」
これらは一見、美徳のように響きます。
しかし、それが**“基準を曖昧にする口実”**になってしまっているとしたら、それはもはや“優しさ”ではありません。
むしろそれは、**本人の成長機会を奪い、組織の機能を低下させる“無責任な共感”**です。
一時的な安心や、場の空気を壊さないことを優先しているうちに、
本当に伝えなければならないメッセージが置き去りになっていく──
そんな状況に、心当たりのあるリーダーも多いのではないでしょうか。
本当の優しさとは、「成長を信じて向き合うこと」
本当の優しさとは、「譲ること」ではありません。
「信じて向き合うこと」です。
本人の未熟さを承知の上で、
組織の基準に立ち返らせること。
その過程で、摩擦が起きても逃げないこと。
そして、成果が出るまで見捨てずに支えること。
このような姿勢こそが、部下から本当の意味での「信頼」と「尊敬」を勝ち取る土台となり、
組織を強くし、永続的な価値提供を可能にするのです。
三方良しを生む「優しさの選び方」
一時の空気に流される“その場しのぎの優しさ”は、
結局、本人の成長にも、組織の成果にも、お客様の信頼にもつながりません。
けれど、勇気を持って「組織の行動指針」に立ち返ること。
その基準で行動を促し、判断し、対話を重ねること。
その先にこそ、本人の成長があり、組織の統合があり、顧客の満足がある。
つまりこれは、三方良しの選択なのです。
リーダーの皆さん。
いま、目の前で示しているその“優しさ”は、誰の未来を育てていますか?