コラム「組織の成長加速法」-第230回 一言が示す組織の危機――非常識発言への対応で未来は変わる
新入社員の一言で凍りついた懇親会
先日、大企業の人事の方とお話する機会がありました。
その会社は、人気殺到のプラム企業で、日本人なら知らない人はいない企業です。新卒社員と部門を統括する役員や本部長との会食の場面のできごとの話でした。
懇親会の冒頭、部門人事部長が流れを説明していると、一人の新入社員が手を上げて「すみません。私8時から友人と約束があるので途中退出します。」と。
現場は一瞬で凍りついたそうです。驚き、呆れ、憤慨――その空気感、想像できますよね。部長は冷静に「それは後で確認しましょう」と収めましたが、会の後には賛否両論が巻き起こり、本社人事まで巻き込む事態になったとのこと。
これは珍事ではなく日常の組織課題
この話を聞いて「そんな社員は辞めさせればいい」という意見もありました。確かに短期的にはスッキリしますが、これは特殊な事件ではなく、多くの組織で日常的に起こっている“価値観の衝突”です。
放置すればマネジメントの負担が増し、組織の士気や生産性に深刻な影響を与えます。就業規則や行動指針で明文化されていても、組織の価値観が腹落ちしていない社員は同じような行動を繰り返します。このギャップを理解し、早期に埋めることこそがリーダーの役割です。
個人と組織の価値観は根本が違う
この問題の正体は、個人の価値観と組織の価値観のズレです。個人の価値観はその人の経験や家庭環境、学びの積み重ねから形成され、主観的で多様です。
一方、組織の価値観は「顧客満足の最大化」という共通目的に根ざしています。企業は顧客価値を失えば存続できませんから、組織の価値観は法的な要件でもある、就業規則や、日々の判断基準を明示した行動指針に明文化されます。
この前提を理解せずに業務を進めれば、日常の小さな不満や疑問が積み重なり、やがて大きな対立や離職につながります。
組織の価値観は顧客に合わせて進化する
歴史を振り返れば、顧客価値の変化が組織の価値観を変えてきました。着物から洋服へ、洋服からファストファッションへ――すべては顧客の価値観が先に変化し、それに合わせて企業が変わった結果です。
つまり、組織の価値観も永久不変ではなく、市場環境や顧客の期待値に合わせて進化し続けなければなりません。
マネジメント層が社員にこの事実を腹落ちさせることが、組織変革の第一歩です。そして現場社員が自分の価値観だけで動くリスクを理解し、行動指針を「生きた基準」にできるよう支援することが必要です。
価値観を共有・徹底するための3つの前提+1つの大前提
マネジメントでの対処法はシンプルです。
第一に「個人の価値観と組織の価値観は違う」という前提を共有すること。
第二に「組織の価値観を理解してもらう」ための対話と教育を繰り返すこと。
第三に「組織の価値観に沿う義務がある」ことを明確に伝えること。
そして第4として、「組織の存在意義は顧客満足度を最大化することに尽きる」という大前提があります。第1〜第3はすべて、この第4を実現するために存在します。これを見失えば、組織は顧客から選ばれなくなり、存続の道は閉ざされます。それ以外の選択肢は、組織の死を意味します。
これらは就業規則や行動指針に必ず記載されており、リーダーはそれを形骸化させず、日常業務で徹底させる役割を担います。うまくいっている組織は例外なく、この価値観の徹底が文化として根付いています。
日常の小さな反発こそが生産性の敵
なんだ、理念や行動指針の話か――そう感じる方もいるかもしれません。しかし、現場では日常的にこんな声が出ています。
「なぜ、こんなこといちいち入力する必要があるのか?私は覚えてられるのに。」
「なぜ、ここまで書く必要があるのか?細かすぎる。」
「先輩はやらなくていいのに、なんで新人だけ?」
「なんで二重で確認しないといけないの?」
「この前はOKだったのに、今日はダメってどういうこと?」
こうした個人の内なる反発が頻発する組織で、生産性が高まることはありません。これを放置すれば、確実に組織は衰退します。多くのリーダーは、この価値観のズレの重大性をうすうす感じながらも、改善方法が分からずに放置してしまっているのです。
フィードバックこそがズレを修正する唯一の方法
価値観のズレは、自然には修正されません。リーダーから社員へのフィードバックという仕組みがなければ、いつまでも同じ摩擦が続きます。
重要なのは、指摘して終わるのではなく「なぜその行動が必要なのか」を納得できる形で伝えることです。これは単なる注意や叱責ではなく、社員の生産性を引き上げるための“技術”です。
リーダーがこの技術を手にすれば、日常業務の無駄な衝突が減り、組織全体のエネルギーが前向きな方向に集中します。価値観の共有は理念の話で終わらせるものではなく、日々の業務で実践し、成果として現れるレベルまで落とし込むべきなのです。
御社では価値観のズレが放置されていないか?
さて、御社ではいかがでしょうか。個人の価値観と組織の価値観の衝突は、表面化してからでは手遅れになることもあります。
新人が「これはやらなくてもいいでしょう」と独断で判断していませんか?ベテランが「昔はこうだった」とルールを軽視していませんか?
こうした小さなズレを放置すれば、組織の成果は確実に減速します。ぜひまず、行動指針と現場の実態を照らし合わせ、価値観の共有度を点検してみてください。