代表 木村黒バック写真 コラム「組織の成長加速法」-第75回 情報を増幅せよ

起業してから12年目、当時の売上15億円弱のIT企業のM社長と最初にお逢いしたのは、弊社の主催するセミナーにご参加いただいた時でした。

セミナー後「もうちょっと早くこのセミナーを受けておくべきでした」とM社長。社交辞令かととも思ったのですが、理由をお伺いすると、ちょうど別の人事コンサルティングが始まったところだとおっしゃいました。

私が、セミナーでお伝えした「一貫した仕組み」の発想がないまま、新しい人事評価制度の構築に着手したので、それがちょっと気に掛かるとのことでした。

と御懸念はあるとは言うものの、新しい仕組みは、旧知のコンサルタントから、M社長のメイン事業である、IT業界で評判のよい人事評価制度と聞いて導入を決めたそうで、とても期待しているのも事実のようでした。

M社長の会社では、新卒の採用が始まって、3年たったとのことでしたので、評価制度を入れるタイミングであることは間違いありませんでした。M社長から、ざっと話しを聞いたところでは、一貫性の仕組みという大原則は保たれているようでしたので、「もし何かお困りのことがあれば、またご連絡ください!」とその時はお別れしました。


それから1年たった頃、M社長が弊社にご相談に見えました。

「新しい人事評価制度、そろそろ運用もこなれてきた頃でしょうか?」と私。
「いやぁ、、、あれは、まだぁ、、、」と歯切れが悪いM社長

聞けば、外部のコンサルタントに頼んで作成した人事評価制度は、今回が初めてではなく、2回目だったそうです。

2回の導入に関わる投資額は優に1000万円を超えているとのことでした。しかし、投資金額よりも、うまく進まない状況にM社長は困り果てた様子でした。

「最初の評価制度は、計画段階で頓挫だったが、今回は、運用まではなんとかこぎ着けたから、多少は進歩だ」と言って、力なく笑った後に、「批判続出で、一端停止をするべきか迷っているんです」と言って肩を落としました。


状況をお伺いすると、ざっと、以下のようなお話でした。

導入当初が社員が最も盛り上がった時期で、そこから社員の興味はドンドン薄れていく一方。1回目の目標設定は慣れないながらも勢いで乗り切れたが、2回目からは、目標設定もなかなかまとまらない。更に評価のタイミングでは、評価が不合理という理由で、ここ数年の実績を上回る数の退職者まで出てきてしまった。

社員の定着、成長を目的として、導入した仕組みなのに、どちらの目的も達成されていないし、以前より状況は悪化しているようにも感じる。


後日、人事評価制度の詳しい仕組みと、作成された資料を拝見しながら、M社長が思い描く、
向こう3年間の会社の計画との整合性を確認しました。

いつくか手直しのポイントはあるものの、基本設計として決して悪くない仕組みでした。話を聞きながら、今回の評価制度の運用が上手くいかないというのは、仕組みの問題ではないと考えた私は、社長に御願いして、役員の方々と数名の部長と面談をすることにしました。

5名の方々と面談をして分かったことは、上手くいかない直接的な原因は、やはり今回の人事評価システムとは無縁のところにありました。


私が最初の急成長ベンチャーに入社して3ヶ月目のある日、情報システム部門の統括を突然言い渡されました。
システムの導入費用だけで総額20億円のプロジェクトでした。今から考えるとどう考えても
おかしな人事ですが、当時は、会社がそれを望むならと後先を考えずに取り組みました。とはいえ、「情報システム」の仕事内容すら良く分かっていなかった私は、、「情報システムとはなんぞや?」というところから、勉強を始めたのです。

その時、勉強したことはほとんど忘れてしまいましたが、一つだけ、心に残っている言葉があります。「情報システムとは、会社の神経組織である。情報システムが機能しなければ、会社は死んだも同然だ」というもの。

この言葉に出会った時、「そうかぁ、情報システムって会社の生命線なんだぁ!」と俄然やる気が湧いてきたのを覚えています。実を申せば、平静を装っていたものの、全く畑違いの分野を任されて膝がガクガクと震えるような、心許ない状態だったのです。

それから1年間というもの、ストレスから帯状疱疹出るほどの苦しみを味わいましたが、私を支えたのは、あの言葉でした。

今、コンサルタントとして、多くの会社に関わる中で、あの言葉は、少し表現が変わって引き続き、私を支えています。

その言葉は、「情報とは、会社の神経である。情報が行き渡らなければ(機能しなければ)会社は死んだも同然だ」です。そして、この言葉は、これまで支援してきた企業の様々な課題を解消する上で、根本原因を特定し、解消するたの重要な指針となってきたのです。


話を元に戻します。

M社長の会社の本当の課題は「情報の停滞」だったのです。時代の最先端をひた走る、IT(情報技術)企業に起こったのが「情報の停滞」とは大変皮肉なのですが、それが様々な問題を引き起こしていたのです。そして、これは私の支援先にも起こったことですし、多くの企業に起こっていることです。

社内に必要な情報が行き渡らなければ、組織の動きは止まってしまいます。少し考えてみたら誰もが分かるようなことなのに、なぜ、多くの会社で「情報が停滞する」状況に陥るのでしょうか?

この本当の原因を探っていくと、一組の上司と部下の情報伝達の量と質にたどり着きます。
理由は様々ですが、上司が情報を適切なタイミングで、適切な内容で、部下に渡されない。
これが、あらゆる組織に起こっている「情報の停滞」の本当の原因です。


私達の体を考えても、血流が滞るとすぐに倒れてしまいます。組織にとって情報の流れは、同様に重要です。あらゆる組織にとって、この情報の流れがスムーズであることが組織が動く前提です。情報の流れは双方向であることが大切です。上司から部下へという情報の流れ、部下から上司へとのいう情報の流れ、どちらが遮断されてもうまくいきません。

詳しい理由はまた別の機会にいたしますが、端的に言えば、多くの組織がこの問題を抱えてしまう理由は、組織の成長する過程でこの問題は生まれ、少しずつ大きくなる性質のものだからです。

組織が成長する過程で、早めに手当ができれば、この問題には難なく対処でき、組織の成長を加速することができます。また逆に、手当が遅れれば、この問題は、組織の成長を阻害する致命的な問題となり、文字通り、致命傷として、組織の衰退を招くのです。


組織が小さい内には、この問題は起こりません。想像していただければ分かりますが、数人の組織で情報の停滞は起きようがありません。。ところが、何も対策せずに、組織が大きくなると、情報が末端まで生き届かなくなります。

この原理は、大気中の電波と同じです。近い距離であれば、電波は均等に届きますが、距離が広がると、届かなくなります。そこで中継地点で、電波を増幅して、更に遠くに電波が届くようになります。組織の場合は、上司がこの中継地点の役割を担うことになります。

中継器は、ただ金属の箱の塊ではありません。中継器を分解してみると、増幅装置が入っていて、電波を増幅します。中継器を増やせば、電波をドンドン遠くに運ぶことができるのです。

上司はいわば中継器です。ですから上司はこの増幅技術を持たなければ、その役割を果たすことができません。つまり、組織の中の情報の流れを保つためには、増幅技術をもった上司が配置されていることが必須条件となるのです。


成長組織には、この情報の流れを補強し、情報をくまなく流すリーダーが存在しています。このように情報が流れがスムーズな状態にあれば、組織は臨機応変に動くことができます。

情報の流れがスムーズな組織に、新しい仕組み、新しい制度を導入すると、その仕組み、精度はすぐ様活用され、組織は次のステージに進化します。

反対に、情報が停滞する組織に、新しい仕組み、精度が導入されると、情報停滞が原因で、様々な噂、間違った解釈が横行し、組織が瓦解していきます。

M社長の会社に起こったことは、情報が停滞する状況で、新しい仕組みを導入したので、噂が噂を呼び、不満が増大することになりました。その結果、仕組みはうまく機能しなくなり、退職者も多くなってしまったのです。

組織の中の情報の流れを改善しない限り、全ての仕組み、制度は改善につながるどころか、衰退のきっかけをつくることに成りかねません。


組織内の情報が停滞しているとしたら、それが原因で次のような問題が引き起こされます。

優先順位が異なる。提出書類が遅れる。ミスが繰り返される。遅刻が多い。病気が多い。退職が多い。活動量が少ない。目標が達成されない。

このように、M社長が直面した新しく導入した仕組みがうまく動かないことはどこの会社にでも起こり得るのです。


さて、御社の場合は如何でしょうか?

情報は流れる状態にあって、仕組み、制度が機能する好循環にあるでしょうか?
それとも、情報が停滞し、仕組み、制度の導入が不安、不満の原因となる
悪循環にあるでしょうか?